【中国】複数省にまたがる企業関連犯罪事件の管轄に関する公安部新規定の公布について解説
中国公安部は2025年3月5日付で「複数の省にまたがる企業関連犯罪事件における公安機関の管轄に関する規定」を公布し、翌3月6日に発行しました。この規定は、中国における刑事摘発に関して大きな実務影響を与えるものであり、現在、業界内では話題になっています。本トピックでは、公布の概要から背景、模倣対策業務への影響や今後の展開などについて解説したいと思います。
■公布の背景
本規定は、複数省にまたがる企業関連犯罪の処理を規範化し、管轄を明確化するとともに、公民および組織の権益を保護し、「一部の公安機関による不当な利益を目的とする捜査行為を防止・是正する」ことを目的として制定されたものです。
■本規定の概要
複数省にまたがる企業関連犯罪事件に関して、管轄権をめぐる具体的なルールが定められています。主なポイントは以下のとおりです。
| 項目 | 内容 | 条文 |
| 主要犯罪地を管轄 | 犯罪活動が組織されて発生した場所、または主要な犯罪活動が行われた場所の公安機関が原則として管轄する。 | 第1条 |
| 主要犯罪地が不明確な場合 | 犯罪地が広範に分散し、主要な犯罪地が明確でない場合は、企業所在地の公安機関が管轄する。特に多数被害者を有するネットワーク型犯罪が対象。 | 第1条 |
| 支店所在地ルール | 他省企業が設立した支店に関する犯罪は、その支店所在地の公安機関が管轄する。 | 第1条 |
| 管轄争いの解決 | 管轄や捜査措置を巡って争いが生じた場合、公安部が調整・指定する。 | 第2条 |
| 事件移送義務 | 他省公安の管轄と認められる場合は直ちに移送し、元公安は継続捜査できない。 | 第4条 |
| 監督体制の強化 | 省級公安は監督メカニズムを構築し、公安部は専用システムでリアルタイム管理を行う。 |
第6条
第7条 |
■従来の摘発フローとの違い
従来、犯罪地が広範に分散し、複数地域に渡って行われている場合、刑事摘発経験の多い公安機関、または関係性・執行力の強い大都市の公安機関に対して刑事摘発の申立を行い、管轄を同公安に引き寄せて、刑事摘発が進むケースも多数ありました(下図を参照)。
省を跨ぐ刑事摘発の流れ

しかし本規定の下では、原則として現場の公安(販売者・支店所在地公安)が窓口となり、他地域の公安を通じた摘発は非常に困難になりました。これにより、以下のような影響が出てくると考えられます。
新旧フローのメリット・デメリット比較

公安部側にとってのメリットは、中立性の確保と不当捜査の防止で、事件移送義務や監督システムの導入により、地方公安による恣意的な立件や不作為を抑制する狙いもありますが、一方、権利者にとっての直接的なメリットはほとんど無く、以下のような問題点が生じている状況です。
・摘発申立先が現地に限定される。
・受理される可能性が低い。
・案件移送後に停滞するリスクがある。
・現場公安の対応水準に依存せざるを得ない。
・複数地域における上流下流の一斉摘発はほぼ不可能。
といったように、利便性が大幅に低下することが予想されます。
■公安部の狙いと政策背景
本規定は、単に恣意的な立件を防ぐというだけではなく、公安部が中央集権的に企業関連犯罪を統制し、全国的な監督システムを構築する狙いを持っています。特に「跨省案件」を一元的に把握し、専用のデータベースを通じて事件の進捗を可視化することで、地方保護主義や摘発停滞の温床を抑制する意図も見られます。しかし、模倣対策業界の中では、これとは別に、経済状況や民生への影響を考慮した「裏の思惑」もあるのではないかと指摘されています。
(1)模倣品産業と地域経済
福建莆田、広東汕頭・東莞などは模倣品製造で知られる地域ですが、そこには膨大な雇用が存在しています。靴・衣料・化粧品・電子機器などの製造が地場経済を支えており、形式上は違法産業であっても、実態としては地域の生活基盤となっているケースも少なくありません。中国経済が減速傾向にある中で、こうした「灰色産業」が地域の雇用や消費を支える構図が強まっています。
(2)摘発件数のコントロール
摘発申請の入口が「企業所在地の公安」に限定された結果、地元公安の裁量が広がりました。
これは表向きには「濫用防止」ですが、裏を返せば、摘発件数を地域の実情に応じて調整できる仕組みとも言えます。公安部が全体を監督する一方、地方公安は民生や地域経済への影響を考慮し、受理件数を抑制する余地を残すことになります。
(3)過去に見られた事実
中国では、過去にも環境規制や労働取締りで「強化と緩和の波」を繰り返してきました。
模倣品摘発についても、オリンピック、万博、国際博覧会などの国際イベントの直前には強化され、その後は緩和されるという「選択的執行」のパターンもいくつか見られます。
今回の規定も、表向きは統制強化ですが、裏の側面として「経済情勢に応じて摘発件数を調整するための制度」になり得る可能性はあるでしょう。
■今後の見通し
短期的には、地元公安が地域経済や案件内容などについて総合的に考慮し、摘発が停滞する場面が増えると考えられます。一方、対外的には「知財保護を強化している」という姿勢を示す必要があるため、広報用の摘発実績は一定数維持されるかも知れません。つまり、数字上の摘発は確保しつつ、実際の取締りはコントロールされる二層構造が形成される可能性があります。
新規定の施行により、従来のように提携関係のよい公安を活用し、広域で一斉摘発を行う方法は難しくなります。そのため、今後は現地公安の対応状況に応じて、複数の選択肢を視野に入れた進め方が必要となります。
以上を踏まえると、権利者企業においては、本規定の施行に伴い新たな対応が求められます。想定される主な対応事項は以下のとおりです。
・所在地公安との関係構築を重視し、初期対応をスムーズにする準備を行う。
・事前の現地調査や模倣品サンプル購入をしっかりと行い、場合によっては公証購入などの証拠収集を徹底し、地方公安が受理を拒否しにくい案件作りを行う。
・刑事ルートが停滞した場合には、民事訴訟や行政取締りといった代替ルートを並行検討する。
・管轄公安機関の上位組織への苦情申立や異議申立の仕組みを理解し、最悪の場合は、それをオプションとして活用する。
いずれにしても、本規定の運用は施行直後であるため、実務の運用状況を継続的に注視し、柔軟に戦略を見直していくことが重要と思われます。
担当:IP FORWARDグループ
オフライン模倣対策部

