コラム

業務提携相手により出願された、改良専利権の帰属の確認

はじめに

 中国では毎年4月になると、最高人民法院や国家知識産権局から、前年度の重要判決や裁決等についての発表があります。今号では、2023年4月に最高人民法院から発表された、知財事件を専門に扱う最高人民法院の法廷―知識産権法廷が担当した事例の中から選出された、20の典型判例の中の1つ、(2020)最高法知民終1652号を取り上げ、事案の概要と、実務上の留意点について説明したいと思います。


事案の概要

・本件は、原審原告(X)が、原審被告(Y)が行った実用新案権出願はXの図面に記載の技術をベースとしており、Xにその権利が帰属するとして、その確認を求めた訴訟である。

・Xは、石炭ガス化に係る独自開発の技術を有する。

・Yは、尿素や化学肥料などを主力製品とする、化学メーカである。

・Yは、年30万トンの尿素生産プロジェクトに関して、2009年6月、Xの前身であるA及びその関連会社A´と、①業務提携基本契約、②秘密保持契約、③専利権ライセンス契約を締結した。

・さらに、Yは、Aとの間で、④石炭ガス化技術の専利権専用設備の売買契約も締結し、7200万元のガス化炉2基をAから購入した。

 これらの契約により、当該尿素生産プロジェクトに、Aの石炭ガス化技術等の関連技術を導入し、かつ、相手方が開示したいかなる秘密情報も、同プロジェクトと装置の使用以外の目的で用いることができないことが約定された。

・2016年1月、Yは、「合成ガス除塵システム」なる名称の実用新案出願を行い、この出願は同年7月に登録された。

・Xは、上記Yの実用新案出願が、当該尿素生産プロジェクトにおいて、X(又はその前身のA)から提供された技術資料、図面、及び設備の実物に基づいており、その権利はXに帰属すべきであることの確認を求めてYを提訴した。

 本件は、判決が少し分かりにくいと思いましたので、以下、整理、補足しながら、判決の内容を説明したいと思います。


権利帰属確認訴訟における主張立証事項

冒認出願等、他人の専利権の帰属確認訴訟においては、

i)自己が発明者であること、すなわち、原告(被冒認側)が、冒認出願等に係る発明等を(先に)完成させていること、

をまず、主張立証しなければならないことになります。

また、当該出願が非公開技術に基づく冒認出願等である場合、被告ではなく原告に権利帰属させるべき事由として、

ii)出願以前に、被告(冒認側)がその発明等を知り得たこと

を主張立証することになります。


両技術(発明/考案)に相違点がある場合の発明者の認定

 冒認出願の場合、全く同一内容の技術が出願されるケースも多いですが、出願の内容が全く同一ではなく、改変が加えられていた場合には、その出願に係る技術内容が、原告のオリジナル技術と同一と認められるのかが問題となります。

 

 もっとも、発明者/考案者の定義:「専利法にいう発明者又は考案者とは、発明創造の実質的特徴に対して創造的な貢献をした者を指す。」(専利法実施細則13条)より、権利帰属紛争においては、かかる問題は、結局、その相違点が発明創造の実質的な特徴といえるのか、またその特徴についての出願人の創造的な貢献があったのか、の判断に帰着するものと考えられます。


 この点の立証責任の所在について、最高人民法院は、「一般的には、まず原告が、専利技術方案が原告が先に完成させた技術方案に由来すること、及び被告が専利出願日前に当該技術方案を知り得たことを立証すべきであり、・・・専利技術方案が原告に由来すると認められる場合には、被告が原告の技術方案との区別を説明し、そのうえで発明創造の実質的特徴に対して創造的な貢献がなされたかを証明又は合理的に説明しなけばならない。もし双方が、相手方が完成した部分が公知常識、現有技術又は現有技術中の明確な示唆に属する場合には、これについて立証しなければならない。」と判示しています。


本件へのあてはめ

 本件において、Yの出願に係る「合成ガス除塵システム」の概要は、

 ガス化炉(1)⇒1次ベンチュリ―スクラバー(2)⇒サイクロン分離器(3)⇒2次ベンチュリ―スクラバー(4)⇒合成ガススクラバー塔(5)等が連結されており、1次ベンチュリースクラバー2で洗浄された合成ガスがサイクロン分離器3に流入すると、遠心分離により除塵され、さらに2次ベンチュリ―スクラバー4にて洗浄された後、合成ガススクラバー塔5にて洗浄、分離され、粗合成ガス路に送られる、というものでした。


                           

                Y出願の代表図面


 これに対して、X側がYに提供した図面に記載の技術は、ガス化炉から排出された合成ガスが、スプレー装置⇒ベンチュリ―スクラバー⇒合成ガススクラバー塔の順で洗浄されていくものでした。つまり、Yの実用新案は、主に、「サイクロン分離器+2次ベンチュリ―スクラバー」の構成が付加されている点が異なっています。

 

 裁判所はまず、上記以外に、X側がYに提供した図面における

 ・合成ガススクラバー塔の底部が冷水ポンプを経てベンチュリ―スクラバーと連結されていること、・高圧フラッシュタンクの上部は高圧フラッシュ蒸気ストリップ塔に連結されていること・・・等々の技術的特徴が、Yの実用新案に全て反映されていると認定しました[1]。


 そのうえで、Xが提出した公知文献に基づき、上記相違点に係る「サイクロン分離器+2次ベンチュリ―スクラバー」の構成は公知常識であると認定した一方で、Y側には研究開発過程や技術的効果を示す証拠がないとして、Yには発明創造の実質的特徴に対する創造的な貢献がない、と判断しました。


出願前の知得

 立証事項ii)については、XがXY間の契約に基づき、当該図面を提供した事実については、XY間に争いはなく、問題なく認定されています。


コメント

 以上の判断を経て、判決では実用新案権のXへの帰属を認めた一審判決が維持されました。本件では、合成ガス除塵システムにおいて、Xのオリジナル技術とYの出願との間に相違点があり、両者の一致点と相違点が裁判所にどのように認定されるかによって、結論が逆になってもおかしくなく、微妙な事例だと思います。また、判示からすると、相違点が公知技術であることの立証責任は原告が負うところ、その判断にもある程度の主観性をはらんでいるといえます。


 本件では、また、③のライセンス契約には、「Yは、Aが実施許諾した専利技術及び営業秘密を当該プロジェクトの後続改良に利用することができ、これによって生じた実質的又は創造的な技術的進歩特徴を有する新たな技術成果は、Yに帰属する」との規定が含まれていました。本件訴訟において、Yは、かかる規定に基づき、Yに権利帰属する旨、反論しており、結果として、発明者認定における判断と同じく、実質的又は創造的な特徴を有していないとの理由でかかる反論は排斥されていますが、このような抽象的な条件付きの規定では、Yが実質的な特徴を有する新たな技術成果に該当すると自ら判断して単独出願を行っても無理がないということもできます。そもそも、このように全面的にライセンシーに権利帰属を認めてしまう規定自体、実務上稀なものですが、通常の技術ライセンスでは、自社の営業秘密等の非公開情報もあわせて提供することはごく一般的であり、少なくとも事前通知義務などを課すべきであったと考えられます。本件では幸いにも原告に権利帰属が認められましたが、このような事態はできる限り未然に防ぐことが望ましく、筆者としては、契約段階で権利帰属問題の規定を十分に検討しておくことをお勧めします。


[1]  Yは、実用新案出願は、出願時の公知技術を改良して創作されたものであり、Xの技術を改良したものではない旨、反論しましたが、Yがその証拠として提出した公知技術(専利文献)には、これらの特徴が開示されていないとして、かかる反論は排斥されました。


著者情報

IP FORWARD 法律特許事務所

日本国弁護士

本橋たえ子 / Taeko Motohashi


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