【年末特集】中国における模倣対策現状を振り返る
はじめに
2025年の中国における模倣品対策は、制度・執行・実務運用の各側面において、明確な転換点を迎えた一年であったと言える。中国当局は引き続き「知的財産権保護の強化」を公式方針として掲げ、統計上も一定数の摘発・処罰実績を公表している。
一方で、実務の現場では、経済環境の悪化、社会安定への配慮、対外関係を含む政治的要因を強く意識した、選択的・抑制的な運用が目立つようになった。特に日本企業・欧米企業の知財担当者の間では、「制度は存在するが、従来と同じアプローチでは機能しにくい」「対策の是非ではなく、どの強度・どのルートを選択するかが極めて難しくなった」という認識が、2025年を通じて広く共有された。
本稿では、2025年の中国における模倣品対策について、日本企業の視点から実務動向、当局の政策姿勢、実際に公表された取締事例、そしてその背景にあるマクロ環境を整理し、今後の見通しを考察する。
日本企業・海外企業における模倣対策の実務動向
2025年、日本企業および欧米企業に共通して見られた最大の特徴は、模倣品対策の「目的」と「手段」の再定義である。
かつては、模倣品の存在自体を排除すること、すなわち刑事摘発を起点として製造・販売ルートを断つことが、対策の中心に据えられていた。しかし近年、模倣品の流通形態は分散・小口化し、在庫を極力持たない販売形態や、EC・SNSを介した短期的な販売が主流となっている。このような環境下では、従来型の大規模摘発はコスト・時間・不確実性の面で負担が大きく、2025年には、インターネット上での調査・削除対応を主軸とし、悪質性の高い案件のみを次の段階へ進めるという、段階的かつ費用対効果を重視したアプローチが定着した。特に日本企業では、日中関係の先行き不透明感や、現地での強硬対応がもたらし得る副次的リスクを考慮し、刑事摘発を「最後の手段」と位置づける傾向が一層顕著となった。
中国当局の姿勢:制度上の強化と実務運用の乖離
中国当局は2025年においても、知的財産権保護を国家戦略の一環として位置づけ、関連法令の整備、典型事例の公表、統計データの開示を継続している。対外的には、知財保護に積極的に取り組んでいる姿勢を明確に示していると言える。
しかし、実務の現場では、外資系、特に日系企業が関与する案件について、受理や対応が慎重になる場面が増えていることも否定できない。地域差、案件類型による温度差、さらには摘発が地域経済や雇用に与える影響を考慮した判断が、以前にも増して意識されるようになった。
この変化を理解する上で重要なのが、2025年3月に公安部が公布した「複数省にまたがる企業関連犯罪事件の管轄に関する規定」である。本規定は、名目上は管轄の明確化と不当捜査の防止を目的としているが、模倣品対策の実務においては、跨省型の刑事摘発を事実上困難にし、刑事ルートのハードルを大きく引き上げる結果となった。
中国における模倣品対策を理解する上では、個別の制度や摘発事例だけでなく、中国政府・当局が置かれているより大きな政策環境を踏まえて考える必要がある。第一に、中国政府にとって模倣品対策は、単なる知的財産政策にとどまらず、治安政策、雇用政策、対外政策が交差する分野となっている。模倣品産業は違法である一方、地方によっては中小製造業や物流、販売を含む雇用の受け皿となってきた側面も否定できない。経済成長が鈍化する局面において、地方政府や公安機関が、摘発の強度やタイミングを慎重に判断する背景には、こうした事情が存在する。第二に、対外関係の文脈も無視できない。中国は引き続き、米国・欧州を中心とする国際社会から、知的財産権保護の実効性について注視されている立場にある。そのため、中央政府レベルでは「知財保護を強化している」というメッセージを発信し続ける必要があり、制度整備や統計公表、典型事例の公開は、この対外的説明責任を果たす役割を担っている。
その結果として、2025年の模倣品対策は、制度や数字の上では「強化」されている一方、実務運用では状況に応じて調整されるという二層構造を示すことになった。この構造を理解せずに、従来と同じ発想で刑事摘発や強硬な対応を試みると、期待した成果が得られない場面が増えている。日本企業の知財部門にとって重要なのは、当局が「動かない」のではなく、「動き方を選んでいる」という前提に立って戦略を設計することである。
2025年を代表する取締・執行事例の分析
2025年は、個別案件レベルでは慎重運用が目立つ一方で、国家全体としては一定規模の取締実績が公式に示された一年でもあった。以下では、性質の異なる三つの類型に分けて、代表的な事例を整理する。
(1)国家レベル:知財犯罪に対する継続的な捜査・起訴
公安当局および検察当局の公表によれば、2025年においても、知的財産権侵害・模倣品製造販売に関する捜査は年間で1万件を超える規模で実施されている。起訴対象者数も引き続き高水準で、消費財、化粧品、医薬品、工業製品など、生活や安全に直結する分野が重点的に取り締まりの対象となった。たとえば、2025年上半期には、複数省にまたがる偽ブランド商品製造・販売事件について、主犯格を含む関係者が相次いで起訴され、多額の罰金刑および実刑判決が言い渡された旨が報じられている。これらの事例は、中国当局が知財犯罪を単なる経済問題ではなく、社会秩序・消費者保護の問題として位置づけていることを示している。
(2)地方レベル:重点産業・重点地域における摘発
地方政府・公安による発表を見ると、2025年も特定地域・特定産業を対象とした集中取締が実施されている。広東、福建、浙江などの製造業集積地では、商標権侵害や不正競争行為を理由とする工場摘発、倉庫の封鎖、関係者への行政処分が公表された。これらの摘発は、案件ごとの具体的状況に応じて、対応の範囲や方法が選択されており、一律の手法によらない運用が行われている例も見られる。2025年においては、このように個別事情を踏まえた対応が積み重ねられている点が、取締実務の動向として確認されている。
(3)EC起点型:実務的に機能した複数のモデルケース
2025年に日本企業の間で評価されたのが、ECを起点とした実務型の対策である。
一例として、日本の消費財ブランドが、ECプラットフォーム上で長期的に流通していた模倣品に対し、削除要請とモニタリングを継続した結果、同一グループによる反復侵害が判明したケースがある。EC取引履歴、物流情報、決済情報を整理し、販売地公安を窓口として限定的な行政摘発を実施したところ、製造・保管拠点の一部に対する処分が行われ、流通量は大幅に減少した。
また、別の事例では、化粧品業界において、EC上での不正販売を端緒として、市場監督部門による行政調査が行われ、違法表示や不正競争行為を理由とした行政処分が下された例も報告されている。いずれも、全面的な刑事摘発に踏み込まずとも、流通を実質的に抑制する効果を得た点に共通点がある。
これらの事例は、公安部の新規定が施行された環境下においても、対策の設計次第では十分な実効性を確保できることを示している。
(4)ネット環境整備キャンペーンの位置づけと意味
2025年も、中国ではネット環境の健全化を目的とした各種キャンペーンが継続され、侵害情報、違法広告、フェイクアカウントに対する取締が進められた。これらは直接的な模倣品摘発とは異なるものの、模倣品販売の入口段階を抑止する施策として機能している。重要なのは、これらの施策が、単なる付随的対策ではなく、刑事摘発を補完・代替する政策ツールとして意図的に活用されている点である。刑事摘発は社会的影響が大きく、地域経済への波及も避けられない。一方、ネット規制や行政指導は、迅速かつ目立たずに秩序を回復することが可能である。
2025年においてネット規制が多用された背景には、強度の高い摘発を抑制しつつ、全体としての秩序を維持するという政策的判断があると考えられる。日本企業にとっては、刑事摘発だけに期待するのではなく、こうした行政・ネット規制の動きを組み合わせて活用する視点が、今後ますます重要になる。
総括と今後の見通し
以上を踏まえると、2025年の中国における模倣品対策は、「強化」か「後退」という単純な二分論では捉えられない。制度上は知財保護の枠組みが維持・整備され、当局も一定の取締実績を示している。一方で、実務運用においては、経済情勢、社会安定、対外関係といった要因を考慮した、選択的かつ調整された執行が行われている。
日本企業の知財部門にとって重要なのは、この二層構造を前提としたうえで、自社の事業環境やリスク許容度に応じて、どのルートを、どのタイミングで、どの強度で用いるかを設計することである。2025年は、模倣品対策が「技術論」や「制度論」から、「経営判断を伴う戦略領域」へと完全に移行した一年であったと言える。
2026年に向けて、模倣品流通が自然に減少することは期待しにくいものの、EC対応、証拠収集、行政・民事ルートの使い分けといった実務手法はほぼ出揃っている。今後の模倣品対策は、「できるかどうか」ではなく、「どのように設計するか」が、これまで以上に問われる段階に入った。IPFでは、こうした環境変化を踏まえ、日本企業の立場に立った現実的かつ実行可能な模倣品対策の設計を、引き続き支援していきたい。
以上

